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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)266号 判決

原告

ローム株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁理士

被告

特許庁長官F

指定代理人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成9年審判第4200号事件について平成11年7月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成4年3月2日、名称を「チップネットワーク型抵抗器」とする発明につき特許出願をしたが(特願平4-44527号)、特許庁は、平成9年2月6日、拒絶査定をした。原告は、同年3月21日、これに対する審判を請求し、特許庁は、この請求を平成9年審判第4200号事件として審理した結果、平成11年7月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月24日、原告に送達された。

2  上記特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

「基板に間隔を置いて並列させて形成した略四角形状の貫通孔と、この貫通孔を四角形状に直線的に連ねる切込み線とによって囲まれる部分を分離することで、側面に間隔を置いて切欠部が形成された基板に複数の抵抗器が連設されてなり、前記切欠部は、平坦な一対の側壁面と、前記基板側面と略平行で平坦な底面との三面を有し、この切欠部によって基板側面に形成される凸部の先端面の全面と、先端面の両側の側面及び先端面の上下側の面の先端面寄りの一部分とに各抵抗器の電極部が形成されたことを特徴とするチップネットワーク型抵抗器」

3  審決の理由

審決の理由は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、実願昭57-121274号(実開昭59-26201号)のマイクロフィルム(以下「第1引用例」という。)、特開昭63-302502号公報(以下「第2引用例」という。)及び特開昭63-7601号公報(以下「第3引用例」という。)に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により特許を受けることができないとして、原告の請求は成り立たないというものである。

第3原告主張の審決取消事由

審決は、本願発明と第1引用例記載の発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、本願発明が第1ないし第3引用例に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断をした(取消事由2)ものであるから、取り消されるべきである。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、本願発明と第1引用例記載の発明とが「前記切欠部は、平坦な一対の側壁面と、前記基板側面と略平行で平坦な底面との三面を有し、この切欠部によって基板側面に形成される凸部に各抵抗器の電極部が形成された」点において一致する(審決書6頁9行目~13行目)と認定するが、この認定は誤りである。

本願発明は、電極部を基板側面に形成される凸部の先端面の両側部分に設けたことにより、その部分にはんだを盛った場合、切欠部へ溶融はんだが流れ込むことにより電極がショートしやすくなることに対処するため、平坦な一対の側壁面と基板側壁面と、略平行で平坦な底面との三面を有した切欠部を採用したものであるから、切欠部の構成と側面の電極部とは、一体不可分の関係にある。これに対し、第1引用例記載の発明には、凸部の両側の両面に電極部が形成されていないから、切欠部の構成と凸部の先端面の両側に設けられた電極部が一体不可分の構成要件として記載されていない。したがって、第1引用例記載の発明における切欠部の形状が本願発明のものと類似していても、本願発明の構成を有することにはならない。

2  取消事由2(容易想到性の判断の誤り)

(1)  第1及び第3引用例記載の各発明には、切欠部へはんだが流れ込むことを阻止するという本願発明の技術的課題は存しないから、審決が、本願発明は第1ないし第3引用例記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた(審決書9頁5行目~7行目)と判断したことは、誤りである。

(2)  本願発明は、切欠部が平坦な一対の側壁面と、基板面と略平行で平坦な底面との三面を有するので、電極部を共通用電極又は個別用電極に接続する際、はんだが切欠部を伝い流れても、切欠部における底面の両端部位ではんだの流れが阻止され、隣り合う電極部間のショートを防止することができるものである。

(3)  これに対し、第1引用例記載の発明の電極部は、スリットによって基板側面に形成される凸部の先端面の両側の側面部分には設けられていないため、その部分にはんだを盛ったときのスリット内におけるはんだの流れについて考慮する必要もないから、第1引用例(甲第3号証)に、スリットを設けてはんだ付け時に電極間のショートを防止すること及び当該スリットの形状が四角形状であることが記載されているとしても、これは、電極同士のショートを防止するために電極を分離するスリットを設けたにすぎないものである。すなわち、その四角形状は、本願発明のような格別の意義を有するものではなく、単に電極間に間隔を空ける場合のスリットの一形態として示されているにすぎず、はんだ付け時の溶融はんだがスリットに流れ込んで隣り合う電極がショートすることまでも予測して前記スリットの形状が選択されたものではないから、従来の切欠部と何ら変わるところがないものである。

(4)  また、第3引用例(甲第5号証)は、「隣接する端子相当部分8,8の間隔は隣接する端面電極16,16間に短絡が生じないような寸法に設定しておく」(2頁左下欄4行目~7行目)と記載されているように、端子相当部分間にショートが生じないようにするために、その間隔のみに注目しており、はんだの流れ込み及びそれを阻止する切欠部の形状については何らの示唆もない。

(5)  したがって、第1及び第3引用例には、切欠部へのはんだの流れ込みを阻止するという本願発明の技術的課題は存在していないから、この課題を解決するために、両引用例記載の各発明を組み合わせることは、当業者にとって容易ではない。

第4被告の反論

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

審決に、原告主張に係る一致点の認定の誤りはない。

2  取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について

(1)  凸部先端面全面に盛るはんだの量が多いと、第1引用例記載の発明と本願発明のいずれであっても、はんだは切欠部へ流れ出すものであるから、第1引用例記載の発明も、本願発明と同様に、各電極部を共通用電極又は個別用電極に接続する際、各電極部に盛るはんだの量が多いと溶融したはんだが切欠部に流れ出すとの技術課題を有するものである。

(2)  そして、第1引用例(甲第3号証)には、切欠部の作用について、これを設けることによってはんだ付け時に電極部がショートしないこと(3頁10行目~12行目)が記載されており、さらに、切欠部は、平坦な一対の側壁面と、基板側面と略平行で平坦な底面との三面を有するものであるから、切欠部が、本願発明における「切欠部の底面の両端部におけるハンダの流れが阻止され、隣り合う電極部間のショートを阻止する」という効果を奏することは明らかである。

(3)  このように、第1引用例(甲第3号証)には、本願発明と同様の技術課題及び当該技術課題の解決手段が開示されている。そして、端子相当部分8では引出電極14に接触し、端子相当部分8の一部分である表面、側面及び裏面にわたって端面電極16を形成した構成は、第3引用例(甲第5号証)に記載されたものであるが、これを第1引用例記載の発明に適用して、本願発明と同様の、凸部の先端面の全面と先端面の両側の側面及び先端面の上下の面の先端面寄りの一部分とに各抵抗器の電極部を形成する構成とし、はんだ面を多くして、はんだが盛りやすく接続強度も大きくすることは、当業者が容易に想到することのできる事項である。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

原告は、本願発明の切欠部形状は、凸部の先端面の両側部分に設けた電極部にはんだを盛った場合、切欠部への溶融はんだの流れ込みにより電極部がショートしやすくなったことに対処するためのものであるから、切欠部の構成と側面の電極部とは一体不可分の関係にあるという。

しかしながら、本件明細書(甲第2号証の1)には、切欠部、電極及びはんだに関する記載としては、「従って、各電極部を共通用電極或いは個別用電極に電気的に接続する際、ハンダを盛り、仮にハンダ量が多く切欠部に流れ出した場合であっても」(2頁25行目~27行目)と記載されているにすぎず、当該記載からは、切欠部と凸部先端面の両側部分に設けた電極部とが一体不可分の構成であるとは認められず、また、凸部先端面の両側部分に電極を設けることによって、切欠部と当該電極が分離できずに一体不可分な構成として取り扱わなければならない技術上の要請も認められない。

したがって、上記一致点に関する審決の認定に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について

(1)  第1引用例(甲第3号証)には、「セラミック基板6にはスリット13が設けられ電極9と10とを分離している。このようにスリット13を設けることによって半田付時に両者が接続状態になることはなく、2個の素子を有するチップ部品を小型に形成することができる。」(2頁17行目~3頁2行目)、「チップにスリットを設けて電極を分離しているので半田付時に電極が短絡してしまうことがないものである。」(3頁10行目~12行目)と記載されている。しかも、第1引用例の第3図には、「平坦な一対の側壁面と、基板側面と略平行で平坦な底面との三面を有する」という、本件発明における「切欠部」と同様の形状を有するチップ部品が図示されている。

また、はんだ付け時に電極部がショートすることが、はんだが溶融状態になって流動性を持ち、隣接する電極間を接続することによるものであることは、本件明細書に、「各電極部2を個別用或いは共通用電極に電気的に接続する際、図8で示すように、ハンダ5を盛ると、切欠部4が弯曲面41となっているため、隣合う電極部2、2間の連続する切欠弯曲面41を伝って、溶融するハンダ5が流れ、短絡する危険性がある等の不利があった。」(2頁7行目~11行目)と記載されているように、本願発明の出願時に周知の事項であったと認められる。

そうすると、上記の第1引用例の記載に周知技術を組み合わせると、はんだ付け時に溶融はんだが流れ出すことにより電極部がショートしないようにするため電極間にスリットを設けること、当該スリット形状ははんだが流れ出してもこれにより隣接する電極間がショートしないように、はんだの移動を阻害する形状、例えば、「平坦な一対の側壁面と、基板側面と略平行で平坦な底面との三面を有する」形状であることが明らかである。

したがって、第1引用例に記載された「スリット」は、隣り合う電極部がショートしないようにはんだの流れを阻止するという、本願発明の「切欠部」と同様の機能を営むものであり、かつ、そのためのスリット形状として、第3引用例(甲第5号証)に記載されるような滑らかな曲線形状と異なり、「平坦な一対の側壁面と、基板側面と略平行で平坦な底面との三面を有する」形状、すなわち、本願発明の「切欠部」と同様の形状が採用されているのである。そうすると、第1引用例には、「切欠部への半田の流れ込みを阻止する」との本願発明と同様の技術課題が記載されているものということができる。

(2)  第3引用例には、隣接する端面電極間の短絡防止用に設けた切欠部によって基板側面に形成された凸部に、ネットワーク型抵抗器の電極が配設され、当該電極の構造として、「端子相当部分では引出電極に接触し端子相当部分の裏面につながる端面電極を形成した」(特許請求の範囲)構造が記載され、その電極構造は、本願発明に記載された電極の構造である「凸部の先端面の全面と先端面の両側の側面及び先端面の上下の面の先端面寄りの一部分とに各抵抗器の電極部を形成する」ものと同様のネットワーク型抵抗器の電極構造であるから、第3引用例記載の発明の電極構造が奏する効果も、本願発明と同様のものであるといえる。また、第3引用例記載の発明及び本願発明における電極構造は、抵抗と各電極部の接続位置、各電極部と個別用電極の接続位置を、いずれも当該凸部先端部としている。

他方、第1引用例記載の発明における抵抗と各電極部の接続位置は、当該凸部先端ではないが、当該接続部を凸部先端部とすることについて技術上の問題はなく、そのようにすることは、用途に応じた単なる設計的事項にすぎない。

したがって、切欠部へのはんだの流れ込みを阻止するとの技術課題が示されている第1引用例記載の発明を、ネットワーク型抵抗器として用いる場合に、ネットワーク型抵抗器としての電極構造が示されている第3引用例記載の発明の電極構造を適用し、両発明を組み合わせて本願発明に想到することは、当業者にとって容易であると認められる。

3  以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)

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